They should learn.

They should learn.

映画「ハンナ・アーレント」において、ニューヨーカーの編集長との校正作業の場面で、編集長がアメリカの一般人には馴染みの無いギリシア語の部分を指摘したときにアーレントが放った言葉である。字幕は「学ぶべきよ」だったかな。

劇中でも描かれるが,アーレントは20世紀哲学の巨人(いい意味でも悪い意味でも)ハイデガーの弟子,そして愛人だった。ハイデガーはまさに優れた古典ギリシアの読み手、そして注釈者であり、講義を受けた政治哲学者レオ・シュトラウスは「ハイデガーのギリシア語文献の講義は私が受けた中で最も生産的な古典解釈の時間だった」と回想しているぐらいである。(ちなみにアーレントは亡命当時、映画にも出てきたNew school of researchの職を得たかったが、当時カール・シュミットの力によって亡命していたシュトラウスにイスを取られてくやしがっていたというなんとも人間的なエピソードがある)

アーレントもまた古典ギリシア語が堪能だった。詳細は省くが、ユダヤ哲学・思想の伝統というのは、ヘブライ語聖書(旧約聖書)とギリシア哲学である。ユダヤ哲学はスコラ哲学よりもギリシア哲学に近いところがある。ヘブライ語聖書学はユダヤ系だから当然として、ギリシア哲学を「哲学の王者」ハイデガーから習ったアーレントの、しいてはドイツ系インテリ移民層の教養は並大抵のものではない。Liberal Artsというのは、英語でまさに「教養」を指すわけだが、逐語訳をすると「自由(へ)の・技術」人間を自由にするための手段というわけである。アーレントは古代ギリシアのポリス的市民を理想に据えて、当時のアメリカにこう言ったわけである「奴隷から市民(自由人)たれ!」と。その延長線上に、映画における最終講演があるのである。

実学が求められて久しい。だが「実学」と呼ばれるものの寿命は一般に考えられているよりはるかに短い。無用の用という言葉もある。まずは自由人への術を身につけようじゃないか。

再び映画の台詞を拝借しよう。

They should learn.

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