個人ブログへの回帰 ソクラテスは語りかける

  • こんな記事を見つけた。
  • http://wirelesswire.jp/yomoyomo/201409171500.html
  • まとめると、アーリーアダプターが個人ブログに回帰しつつあり、ツイッターはオワコンという文章である。
  • 期せずして、僕もブログを始めたが、確かにTwitterもFacebookも相対的に、初期の輝きを失いつつある。これは二年ぐらい前から言われていることだが、改めて振り返ると、最初の楽しさはなくなってきた。個人的にTwitterはニュースのヘッドラインと、ごく親しいグループの人との交流、それとTwitterアカウントによってログイン可能なサービスの利用のためにしか使っていないし、Facebookはイベント参加とこのブログのリンクを親しい人に知らせるためにしか使っていない。両方とも広告機能をブラウザ側でカットしてあるので(そもそも広告が好きじゃない)あまり活用していないのかもしれない。もちろん、ヘビーユーザーで使いこなしているセンスのいい人もいる。
  • それでも、確かにブログのほうが圧倒的に楽である。大学のエッセイを書いている感覚に近いというのもあるが、もう少しラフな付き合い方が可能だ。文字は素晴らしい発明だが、ソクラテスは文字による教育を否定した。文字では音韻も響きも、情感もその場による訂正も、佇まいも伝わることがないからだという。皮肉にも弟子であるプラトンが彼の弁論を書き記したからこそ、ソクラテスのことを知る事ができるわけだが。文字が持つ情報の少なさを補うには、長い文章で説明することが不可欠である。
  • でも、長い文章に触れる力が失われているのかもしれないな。読む力、というより、読み取る力、リテラシーが求められているのかもしれない。レオ・シュトラウスがいみじくも指摘したように、古典を読む事によるエリート教育が、逆に民主主義を支えるものなのかもしれない。
広告