映画「NO」を見た

  • 一日は映画の日だったので、チリのピノチェト政権が合法的に崩壊する際の国民投票に向けた映画「NO」を見た。
  • 広告のプロである主人公の演技が素晴らしかった。監督の素人のようで計算されたカメラワークも素晴らしい。NYTやNewsweekで絶賛されるだけのことはある。
  • 反原発や反イスラエル,はたまたあらゆる反戦運動のムーブメントに対しても思うのだが、「べき」論では何事もうまくいかない。自分たちは悲惨だ,敵を倒せ,だけではなにも変わらないのである。大事なのは、娯楽とメッセージを持って帰ってもらえるような「仕掛け」を作る事で,そのために手法を徹底的に研究するのである。
  • 日本は、これからおそらく沈む。これはほとんど決定事項だ。社会保障と年金はストップして、貧者は満足な教育と医療を受けにくくなる。日本語しかできない技術を持たない人々は労働者にすらなれないし、全ての機会を奪われた人々が鬱屈した感情を発散させるために排外主義と不寛容が蔓延する社会になるだろう。
  • おそらくは、自立できる人々,他人と協力し合える人々から、相対的に自立していくことしかないのだろう。逆説的だが、自立には他者を必然的に必要とする。敵であれ見方であれ、他者の存在がなければ自立もなにも存在しないのだ。
  • こんなことをいうと、えらく悲観的に聞こえるかもしれないが、私自身は意外と楽観的である。ただし「私個人と身の回りの人達」だけに関してであるが。おそらくはチームとしてやっていける人だけが生き残り,その他の疲弊したチームは没落していくような方法でしか、もはや生き残っていけないのだろう。日本はそれほど末期的状況なのだと思う。それはそれでいい。現実を受け止めたうえで前に進めばいいのだ。ただし、全てを嘆き悲しんで,うつむいて生きることと、全てを受け入れて,それでも覚悟ゆえに前に進むことは、天と地ほどの差がある。それでも前に進む事。楽しみながら。優れた作品はそんな示唆を与えてくれる。
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