数学と哲学 共通語としての数学と英語

このところ、数学をおさらいしている。

もともとは、分析哲学をやるために論理学を学び始めて、そこからゲーデルやウィトゲンシュタインに興味を持ったことがきっかけだった。ホワイトヘッドのようなプロセス神学者も数学に深い造詣を持ち、Pythonの開発者も数学専攻だった。チョムスキーも数理言語学の革命的理論化である。現代芸術家にも数学出身者は多い。プラトンは「国家」において、数学を重要な学問の一つに位置付けている。日本においても、ピーターフランクルや秋山仁の活躍は知るところだろう。

個人的に、数学には憧れがあって、できたらかっこよさそう、インテリっぽい!海外の学者とも数学と英語ができれば熟議ができる、といったなんでもない理由が根本にあった。小さい頃は理数系の脳みそをしていると言われたこともあるし、今でも数のマジックのような本や映像は夢中になって見てしまう。文章題はすぐに解けるが、単なる式の計算は間違いが多いという感じだった。えらく当時の教師から不思議がられたものだ。状況から必要な部品を見つけ出して、どう処理するかのモデルを作るのは得意だったのかもしれない。単純な四足計算の繰り返しに飽き飽きしていたのだ。

とにかく計算が苦手だった。九九はなかなか覚えられず(いまでも間違える)、あの手書きで延々数値計算をしていくようなものが大嫌いだった。電卓を使えばいいじゃないか!と何度思ったことか。そして、延々と問題を解いて、答え合わせ。間違っていたらやり直し。もう大嫌いである。

せめて、実は昔はこんな風に数学は使用されていた、とか、πはいかにして生まれて、いかにしてピュタゴラス派によってもみ消されたか、とか集合論は法律や決め事にも役立つ、とか数学は私たちの認知に影響を及ぼすモデルの記述方法だ、といった楽しい話を混ぜてくれれば、問題を解こうという気にもなるのに。そもそもの思想やどうやって応用できるのかを聞きたかった。円周率暗記とか「はじき」の理論はどうでもいい。なぜそのような式を使って結論が導き出せるのか、という原理原則を教えるべきではないのだろうか。

そんなわけで、中学数学で止まっているところから始めた。ルートあたりからわからなくなっているので、中学一年生ぐらいからやり直している。方程式を解いたりするのはけっこう面白い。

そのような「勉強数学」には多くの心ある数学者が反省しているのか、すぐれた数学本がお手頃な値段で出ている。こういう本は素直に面白い。問題を解くのではなく、数学の発想を知ることが目的なので、あまり計算しなくていいのがありがたい。

ピーターフランクル氏が述べていたが、一流の数学者ほど、計算を嫌うのだそうだ。数学はひらめきがとても大切で、発想こそが新発見のキモらしい。

一応、以下の本を読んだ。

数学を使わない数学の講義 小室直樹

数学嫌いな人のための数学 小室直樹

生き抜くための数学入門  新井紀子

一冊でわかる 数学 ティモシー・カウアース

(原書  Mathematics: A Very Short Introduction Timothy Gowers)

数学入門〈上〉 (岩波新書) 遠山 啓

新体系 中学数学の教科書 上 芳沢光雄

せっかくなので、英語で数学を学ぼうと思ったのだが、どの本を選んだらよいのかわからなかった。専門分野のたとえば、線数代系などの分厚い専門書があるのだが、それだとまだ歯が立たない。

今は、芳沢光雄の本を紐解いている最中である。なかなか面白い。わからなかったことがわかるようになる過程というのは、なかなかに代え難い喜びの一つである。

現在の課題は因数分解で。大きな目標としては、三角関数。最終目標としては、哲学において数学的素養が必要な場面で、その数式や比喩、数学的発想を生かした思想を理解したいです。

何か、数学のいい本や面白い話のサイトを知っていたら教えてください。英語なら読めます。大学のオープンコースでも日本語か英語なら問題なし。

教えてあげてもいいよ、という人がいましたら、なるべく問題点と聞きたいことをはっきりさせますので、是非とも教えてください。コーヒーとケーキぐらいは奢ります。SkypeでのやりとりもOKです。

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