流しそうめん ギークハウス横浜

ギークハウス横浜 流しそうめんイベントに参加した。

もくもく会を開催させて頂いたり、高校の文化祭に殴り込み(ただ見学しただけ)をかけるときの拠点としてお世話になっているギークハウス横浜で流しそうめんが催されたので参加した。

いつものようにのんびり到着。買い出し組は既に出発したあとだったのでIWBTさんと数学の話をしながら、Chromecastの設置をする。Wifiの充実したシェアハウスというのはこういうときにありがたいものである。

KiさんとSSHRさん、Dさんにご挨拶。Dさんはスリムになってた。ムキムキ部の成果だろうか。Chromecastでリリスクを流す現代の若者たち。Bisもけっこうよかった。

流しそうめんは難儀を重ねながら、完成。みかんを流したりする。ひやむぎとそうめんの合わせ技はなかなか良かった。薬味を予め用意しておけばよかったなー。来年に活かそう。

IUEさんがいろいろとうまいものを作ってくださる。御殿場からいらっしゃったお二人も激ウマビールと激ウマソーセージという最高の組み合わせを持ち込んでくれた。こういう自発的な共有精神が、楽しみの一つである。本来の意味で、「みんな」に貢献する喜びを供給する回路として、数少ない成功例だと思う。

Chromecast大活躍。最初の一時間でみんな飽きるだろうと思っていたのに、マイケルジャクソンやT.M.Revolutionを流したら意外と盛り上がった。懐メロはいいですね。ビートルズは偉大。3歳児

こうした「情報を共有して楽しむ」ということが、これから没落が確実視されている先進各国において、数少ない明るい材料になるだろうと思う。日本は、これから間違いなく没落する。給料も増えない。会社もいつ首になるか、いつ潰れるかわからない。ポストモダン化によって再帰性が増した社会では、孤独が放置され、人々は鬱屈した感情を抱えたまま、不安に苛まれるがゆえに、不信が惹起されることになる。とても幸せとは言い難い状況である。

厳しい状況の中で、如何に孤独を手当するのか。如何に排除から包摂へ向かうか、ということが問題になる。鍵は情報だ。IT化によって、情報は、共有しても、減るどころか、場合によっては増える数少ないリソースの一つである。飲み会だって、みんなで持ち寄って集まれば、そんなにお金はかからない。安酒と音楽、それと少しの娯楽で余暇を過ごす知恵があれば、包摂的な共同体を維持できる。

絶望的な状況だからといって、絶望して生きるのはクダラナイ。絶望を知った人間にしか見えない希望がある。すべてを受け入れながら、不条理に身を晒しつつ、前進する生き方を初期ギリシア(主意主義)は奨励した。すべてが終わった、などということはない。覚悟して進むことが、まさに実存的に有効な構えだと思う。

いろいろと書きましたが、とても楽しかったです。またやりたいなぁ。主催者のみなさん、ご参加されたみなさんありがとうございます!

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