Her/ 世界でひとつの彼女

この記事はプログラマの映画 Advent Calendar 2015の4日目です。

筆者はプログラミング(Python)を、主に学術利用しています。職業プログラマーとはまた違った視点から、タイトルの映画を紹介します。

日本語公式サイトは以下

http://her.asmik-ace.co.jp/#Top

トレイラーは以下

宮台真司による批評は以下

http://www.miyadai.com/index.php?itemid=1047

宇多丸による激賞はこちら

 

 

 

傷ついた代筆屋の男が、突然現れた声だけの人工知能OSを愛する物語です。先のレビューにあるように、ある意味で非常に保守的な顛末を迎えます。

私達は、まるでコードを書くことだけが、プログラミングかのように捉えがちです。PCを前にして、キーボードを叩きながら、文字列とにらめっこすることか「プログラミング」なのだと考えがちです。しかし、僕らだってある意味では「プログラムされた」存在です。人を殺してはいけない、他人のものを壊してはいけない、人のものを盗んではいけないetc。でも、自然界では親殺しも子殺しも、ライオンがシマウマを食べることも、樹の枝を折って、利用することも、弱い者から分捕って自分のものにすることも問題になりません。人間がそこに介入しようとすれば、自然界の秩序を壊すことになります。これは私達人間が、そのような社会を営むように、価値を伝達してきた、先祖代々プログラムを行ってきた結果です。

人工知能が進化すれば、いずれは映画にも描かれたようなOSが生まれることでしょう。主人公は確かに、現在の基準に照らし合わせれば愚かです。生身の人間でないものに恋し焦がれて、情熱と倦怠と破局、そして再生と別れを経験します。確かに、たかが人工知能にすぎないバーチャルなものを愛するのはおかしいかもしれません。

でも、ちょっと待ってほしい。恋愛や関係性というのはもともとバーチャルなものではないのでしょうか。極めて観念的です。結局は脳内でドーパミンが大量発生している状態で、酒を飲んで酔っ払っている状態、ドラッグを使用しているジャンキーと脳内における科学現象としては変わりません。お湯をわかすのに、電気を使うのか、ガスを利用するのか、はたまた薪を集めて火をおこすのかという違いだけです。要は「真実だとみんなが思っているから、その状況を支持する」わけです。

そもそもこういう問いを立てることすら可能です。あなたに恋人やパートナーがいたとする。あなたは彼女の頭をかち割って、本当に彼や彼女がロボットでないと確かめたのでしょうか?(本当にかち割らないように!)あるいは、映画のOSは本当に人工知能なのでしょうか?本当の人間が遠隔操作しているだけなのかもしれない。そもそも、その人物は本当に存在しているのでしょうか。あなたが映画「マトリックス」のように、コンピューターによって夢を見せられているだけだとしたら、そして、脳に電気信号が送られるように操作されているとすれば、それはドラッグとなんら代わりがない。

現実だとされているものよりも、仮想世界のほうが現実の確からしさを示しているとすれば、現実を生きることに意味はあるのでしょうか?(だからといって思いつめないで!)時が経てば、我々の価値観は変化し、プログラムの意味すら変わっているかもしれない。未来の人々は人工知能と恋愛し、試験管ベイビーを育てることがあたりまえで、昔ながらの(つまり現代の)生活なんて石器時代のものと変わらない、という価値観に変化しているのかもしれない。「プログラマー」という括りだって、近い将来なくなるのかもしれない。何かを埋め込むこと、それがプログラムの真の役割なのかもしれません。

明日は

masayuki5160@github

さんです。

 

 

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