インターネットの申し子 天才アーロン・シュウォルツの軌跡

この記事はプログラマの映画 advent calendar 2015 の12回目の記事です。

 

クリエイティブ・コモンズとして、無料で視聴が可能。日本語字幕他あり

https://www.amara.org/ka/videos/5Mo4oAj1bxOb/ja/766848/

Netflixでも配信中。そちらのほうが画質が綺麗かも。筆者はNetflixで視聴した。

アーロン・シュワルツ(スオーツだったり、シュウォルツだったり表記が統一していない。本稿では以後「シュワルツ」で統一する)の説明。普段はウィキペディアは当てにならないのだが、制作貢献者の一人だしいいかな。

 

何が天才ネット活動家を死に追いやったのか

http://www.videonews.com/commentary/130119-01/

かの、ローレンス・レッシグも出演している。日本だとあまり報道されていないが、レッシグはクラウドファンディングで資金を集めて、民主党大統領候補戦に立候補している。候補戦のディベートに参加させてもらえなかったりと、不遇の扱いを受けているのだが、私としては彼に大統領になってほしい。

 

70年談話とレッシグ出馬、サンダース躍進の衝撃

http://www.videonews.com/commentary/150815-01/

 

映画の前置きが終わったところで本題に入ろう。無料で見ることができるので「とにかく見ろ」と言いたいところだが、それでは随分と味気ない。

彼の生涯と、政府によるインターネット・表現の自由への抑圧の過程を克明に記した名作である。問題については、先の「何が天才ネット活動家を死に追いやったのか」の説明だけでも読んでもらえるとわかりやすい。誰も損失がない公開論文の大量ダウンロードと一般公開が、なぜ執筆者の不利益になるのだろう。彼に課される罪はせいぜい罰金刑程度で、しかもせいぜい家屋侵入罪でしか裁けない。著作権をどうやって公開論文で侵害するというのだろう。かれは剽窃すらしていない。ソクラテスではないが、彼に与えられるべきは罰による制裁ではなく、知の拡大を促した賞賛であり、議事堂での会食である。なんならMITが勲章を上げてもいいぐらいである。

プログラム言語はもともと学術研究の場から生まれてきたものだ。どんな人にもプログラミングを行う権利がある。政府に権利を奪われれば、プログラム言語が一部の人のものになれば、ブログを書くことが許可制になれば、我々の表現と言論の自由は奪われる。プログラマーは須く、プログラム言語とプログラミングの自由化、知の自由化、言論と表現、制作と発表の自由化の恩恵を受けている。それこそがまさに人間性であり、インターネットの、Webの理念だったはずだ。

彼は当局に殺された。だが、彼の精神は受け継がれている。プログラマーが自由の信念を捨てた時、その人はプログラマーではない。単なるコーダーである。プログラムとは、創造であり、破壊であり、独立することだ。この映画はそのことを再確認させてくれる。

 

 

 

 

 

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